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【シンプルに目標達成 ネクストミッション】リーダーよ、時として非情になれ・・・~Vol.40~

シンプルに目標達成、ネクストミッションの濱潟(はまがた)です。

大学時代の先輩の言葉を思い出す。

 

「世の中には二種類の人間がいる。一つは当たり前のことを当たり前にやる人間、二つ目は異常なことを当たり前にやる人間」

 

当時は訳がわからなかった。

その人は確かに豪傑だった。

ブリーフでもトランクスでもなく、ふんどしはいてたし・・・

 

でも今ならわかる。

異常なことが犯罪臭するものでしたら論外だけれども。

他の人間が絶対にやりたくない、避けたくなるような行動を当たり前にできる人間という意味だと今では解釈している。

 

例えば、

非情になれるリーダー。

理不尽やえこひいきは論外ではあるが、時として作戦を優先するために非情になることはある。

仮に自分よりも年上の部下がいたとして、彼が無能だったとしたら?

それはリーダーとしてふるいにかける必要がある。

仲が良く、話も合う。周囲から尊敬もされている部下だとしても、

ルールを破ったとしたら非情にならなければならない。

 

二者択一を迫られたとき、感情論ではなく、冷静沈着に判断できるために常日頃、自分の訓練も行わなければならない。

 

仮に非情になったとして、部下から反論を買ったとしても、部下が納得できるように説明をしなければならない。

決して、説得するといった類ではない。あくまで納得させる。

 

 

最近のリーダーはなかなか非情になれない。

許容範囲が広すぎると思う。

 

それはそれでいいけど、組織としてのメリハリ感がなくなる。

 

締めるときは締める、抜くときは抜く。

 

何でもメリハリだ。

そのギャップに人は魅力を感じ、ついていくのではと思う。

 

 

ただ、一つ落とし穴。

自分の感情(気分)でメリハリ感を付けるのはよくない。

 

上司の顔色を窺うことしかできない部下が生まれるから。

 

先の先輩。

そういえば、学生時代に門限を破った同期をメチャクチャしばいていた。

いつもは仲良しだったから驚いた。

その人以外は何も言わなかった。

 

実は異常なことが当たり前のことのような気がする。

 

非情たれ。

 

かの京セラの創業者の稲盛和夫氏はこう言っている。

 

「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」

 

私利私欲を入れない、非情さの向こう側にこそ、

部下の真の成長はある。

 

本日もシンプルに目標達成。